チェロ弾きの平日~日々の記録とひとりごと
サイト6周年リク noritsumaさまより『初夏の日のふたり』(薄桜鬼土千)
京都屯所時代。いまだ江戸時代の時刻や季節の数え方がわかってないので、勉強しますorz
↓つづきよりどうぞ。
京都屯所時代。いまだ江戸時代の時刻や季節の数え方がわかってないので、勉強しますorz
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文机に積み上がった書類に一区切りつけ、ふぅと溜息を吐く。ついこの間まで冷えると思っていたのに、ふと気がつくと汗ばむほどの季節になっていた。今時分が一番脱水を起こしやすい季節だから、気をつけねばなるまい。そう思って手元にあった湯呑みを手にするが、中はすでに空だ。
土方は眉間に皺を寄せた。普段なら、千鶴が見事なまでにここぞという頃合いで茶を持ってくる。だが、今日は先ほどからその気配はない。
土方はしばらく湯呑みを見つめていたが、そんなことをしていても茶が湧いて出るわけでもない。仕方なく、土方は湯呑みを手に重い腰を上げた。千鶴の淹れる茶の味に慣れてしまった今、自分で淹れるのはなんとも味気ないが、わざわざ彼女を探してまで淹れてもらう謂れがない。
閉め切っていた障子を開けると、さわやかな風が吹きこんでくる。まぶしいほどの陽ざしを浴びながら土方が中庭を見遣ると、ちょうど千鶴が走ってくるところだった。
「千鶴」
ちょうどよいと思って呼びかけた土方は、彼女のその手に何かが抱えられているのに気付く。
「あ、土方さん。お茶ですか?これを置いたら、すぐにお持ちしますね」
一方で千鶴はというと、土方の求めているものを一目で理解し、すぐに実行に移そうとする。
勤勉だと思うが、今の土方には茶よりも彼女の手に抱えられている物の方が気になった。
「おい、それは何だ?」
「これですか?花菖蒲です」
「そんなのは、見りゃわかる。それをどうしたんだ?」
「近藤さんにいただいたんです」
出先で分けてもらったんだそうですよ、と言って千鶴はふわりと笑う。近藤のことだ、大方、少々大袈裟に(おそらく本人にそのつもりはないだろうが)庭先の花菖蒲を褒めて、気を良くした家主に分けてもらったのだろう。安易に想像のつく光景に思わず溜息が出そうになるが、それと同時に近藤が千鶴に花をあげたという事実に、何か苦いものを感じる。
だが、そんなことに気付くはずもない千鶴は、屈託のない顔で土方に提案をする。
「土方さんのお部屋にも飾りましょうか?」
「いや、いい」
「でも、お花があると心が安らぎますよ。仕事ばかりに集中していると、癒しが欲しくなりませんか」
それに土方さんには花菖蒲が似合うと思うんです、そう言ってまっすぐな視線で微笑む彼女が妙にまぶしくて、土方はわざと顔を背けた。
「勝手にしろ」
「はいっ!あ、お茶、すぐにお持ちしますね」
そう言って去っていく彼女は、土方がそちらを見た時にはもう姿が見えない。じきに茶を淹れてくるだろう。おそらく活けた花菖蒲を共に手にして。
男が女に花をやるというのはよくある話だが、このご時世で逆はあまり聞かない。だが思わぬところで千鶴によってもたらされた季節は、思いのほか土方の心を癒す。
「花菖蒲…か」
土方は書類仕事とはまた別のところに頭を働かせながら、自室に足を踏み入れた。
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土方は眉間に皺を寄せた。普段なら、千鶴が見事なまでにここぞという頃合いで茶を持ってくる。だが、今日は先ほどからその気配はない。
土方はしばらく湯呑みを見つめていたが、そんなことをしていても茶が湧いて出るわけでもない。仕方なく、土方は湯呑みを手に重い腰を上げた。千鶴の淹れる茶の味に慣れてしまった今、自分で淹れるのはなんとも味気ないが、わざわざ彼女を探してまで淹れてもらう謂れがない。
閉め切っていた障子を開けると、さわやかな風が吹きこんでくる。まぶしいほどの陽ざしを浴びながら土方が中庭を見遣ると、ちょうど千鶴が走ってくるところだった。
「千鶴」
ちょうどよいと思って呼びかけた土方は、彼女のその手に何かが抱えられているのに気付く。
「あ、土方さん。お茶ですか?これを置いたら、すぐにお持ちしますね」
一方で千鶴はというと、土方の求めているものを一目で理解し、すぐに実行に移そうとする。
勤勉だと思うが、今の土方には茶よりも彼女の手に抱えられている物の方が気になった。
「おい、それは何だ?」
「これですか?花菖蒲です」
「そんなのは、見りゃわかる。それをどうしたんだ?」
「近藤さんにいただいたんです」
出先で分けてもらったんだそうですよ、と言って千鶴はふわりと笑う。近藤のことだ、大方、少々大袈裟に(おそらく本人にそのつもりはないだろうが)庭先の花菖蒲を褒めて、気を良くした家主に分けてもらったのだろう。安易に想像のつく光景に思わず溜息が出そうになるが、それと同時に近藤が千鶴に花をあげたという事実に、何か苦いものを感じる。
だが、そんなことに気付くはずもない千鶴は、屈託のない顔で土方に提案をする。
「土方さんのお部屋にも飾りましょうか?」
「いや、いい」
「でも、お花があると心が安らぎますよ。仕事ばかりに集中していると、癒しが欲しくなりませんか」
それに土方さんには花菖蒲が似合うと思うんです、そう言ってまっすぐな視線で微笑む彼女が妙にまぶしくて、土方はわざと顔を背けた。
「勝手にしろ」
「はいっ!あ、お茶、すぐにお持ちしますね」
そう言って去っていく彼女は、土方がそちらを見た時にはもう姿が見えない。じきに茶を淹れてくるだろう。おそらく活けた花菖蒲を共に手にして。
男が女に花をやるというのはよくある話だが、このご時世で逆はあまり聞かない。だが思わぬところで千鶴によってもたらされた季節は、思いのほか土方の心を癒す。
「花菖蒲…か」
土方は書類仕事とはまた別のところに頭を働かせながら、自室に足を踏み入れた。
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