チェロ弾きの平日~日々の記録とひとりごと
暑くて寝苦しいチビにひさびさにうちわで扇いであげていたときにふと思いついた、浴衣近代パラレル。イメージ的に明治後半くらい??もっと艶のある文章が書きたかったけれど、今の藤丸には力不足でした。精進せねば。目指せ鴎外先生(笑)
つづきよりどうぞ。微妙にネタバレありますたんぐ。
ちょっと設定的にもの足りないので、後日サイトにアップするときにはもう少し加筆できたらいいなぁと思っています。
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いつも拍手ありがとうございます。励みになります♪
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濃紺の浴衣を着た増田は、縁側でうちわを片手に寝そべっていた。夏至を迎えたばかりのこの季節、早めの夕食を摂った時分ではようやく日が落ちたばかりで、まだ薄っすらと明るい。そろそろ河川敷の花火大会が始まる頃だろう。いつもは近所の子供たちとその親たち声でにぎやかなこのあたりも、今日は揃って花火大会に繰り出しているのか、ヒグラシの声が良く聞こえるほど静かであった。
職人による藍で染めた綿麻の浴衣は、綿だけのものより幾分涼しいとはいえ日が落ちたばかりではまだまだ暑い。増田は手にしたうちわを扇ぐともなしに上がり始めた花火をぼうっと眺めていた。
しばらくしてとんとんとんと軽い足音を立てて、夕食の片づけを終わらせたらしい愛妻・理沙が傍に寄ってきた。増田は片ひじを突いたまま振り返り、そして目を細めた。彼女も今日は夫と同じく藍で染めた紺地に白い花柄の入った浴衣に山吹色の半幅帯をあわせ、普段より艶やかな姿である。いつもきっちりと結わえられている淡い色合いの髪には、先日増田が浴衣に合わせて贈った緋色の珠のついているかんざしが差してあり、大きめに抜かれた襟からみごとなうなじがのぞく。新妻の艶やかな姿に、増田は一人満足した。ずいぶんと長い間同じ職場で働いていた二人は、互いに想いを寄せながらも環境がそれを許さず、昨年ようやくその想いを実らせて結婚したばかりだった。
「おまたせしました」
理沙は静かに増田の脇に腰をおろす。
「始まりましたか?」
足を少し崩して座る姿は、彼女の魅力をいっそう引き出した。増田はいったん体を起こして彼女の傍によると、その頭を彼女の膝に載せて再び横になった。
いつもなら『外から見えます』などと眉を寄せる彼女であるが、今日は特別な日だからか、増田のその行動をあっさりと受け入れた。そのうえ「今日は甘えたですね」などと言って、やはり持ってきた竹のうちわで増田のことを扇ぐものだから、増田が上機嫌になるのも仕方がない。
「本当に河川敷まで行かなくて良かったのか?」
「花火ならこの家からでも充分見えますから。それに静かに見られる方がいいでしょう?」
「そうだな」
この古く大きな家は、理沙が小さな頃から住んでいた実家だった。早くに両親を亡くし、その広さをもてあました彼女は、最近までこの家を人に貸して町に程近いところに小さな部屋を借りて住んでいたが、結婚を期に戻ってきたのだった。薬品の研究を生業としていた彼女の亡き父の弟子である増田も、この家には馴染みが深い。そのためこの家の縁側で見る花火は、二人にとって昔からの恒例行事であった。
一月ほど前に花火大会の回覧がまわってきてから増田は何度も理沙に河川敷にいこうと誘っていたが、その都度理沙は断った。実は理沙に花火を楽しんでもらうという目的とは別に、美人の新妻を見せびらかしたいというちょっとした欲望のあった増田は、男の欲求をあっけなくいなされて先程まで落ち込んでいたのである。だがこんなにも美しい妻を他人に見せるのは今になって少々惜しい気がして、増田は河川敷まで出かけなかったことに内心ほっとした。なにより懐かしい場所で誰にも邪魔されず新妻の膝枕で見る花火は、少し遠くて迫力に欠けるが決して悪いものでは無い。
「そういえば」
花火と眺めていた理紗が、ふと思い出したように口を開く。
「岩鈴屋の莉衣ちゃんがおめでたなんですって」
普段はあまり自分から話題を持ち出さない理沙が珍しい。近所のおしゃべり 婆さまから仕入れてきたのであろう話題は、増田にとっても興味のない話ではなかった。
「なんだ、鋼野のところはこの間生まれたばかりじゃないか」
増田が驚いた声で反応すると、理沙はふふっと声に出して笑った。
「この間といっても、もう半年ちょっと経ちますよ。赤ん坊の成長は早いし、そろそろ這い出すころじゃないかしら」
「そんなこといって、あいつはまだ二十歳になったばかりだろう?ついこの間まで日本中を放浪していたくせに、よくそんな甲斐性があるな」
「たしかに今はまだ定職にはついていないようですけど、鋼野君の知識があれば、どこでも喜んで雇ってくれるんじゃないでしょうか?」
それに莉衣ちゃんのご実家の家業もありますし、と理沙が答えれば、増田は眉を寄せて「今日はやけに鋼野の肩を持つな」と言った。理沙はきょとんとしていたが、やがてくすくすと笑い出す。
「だって、おめでたい話にケチをつけては野暮というものでしょう?」
そして「二人目は女の子かしら、男の子かしら」と気の早い話を持ち出して、嬉しそうにした。理沙がそんなに子供好きとは知らなかった、と増田は思った。今日の理沙はいつもより快活であった。
理沙の様子をしばらく見上げていた増田は手を伸ばして彼女の頬に触れると、理沙は不思議そうに増田を見る。
「子供が好きかね」
「あまり小さな子とは触れ合ったことはありませんが、好きかといわれれば、それはまぁ」
愛妻の曖昧だが肯定する返事に、増田はいったん頬から手を離して起き上がると、理沙の耳元で囁く。
「そろそろ我が家も、どうかね?」
新妻は真っ赤になって俯いた。年齢のわりに初々しいその仕草は、決して嫌味な感じではなく却ってかわいらしい。理沙の行為を肯定ととった増田は、理沙の腰に手をまわした。
「布団、敷くか」
理沙が黙ってこくりと頷いたのを確認すると、増田は理沙を立ち上がらせ、抱えるようにして寝室へと向かった。
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